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【山陰街道 ①】

京都市内の七条通りを東から西に行くと、事務所の有る西京極辺りは細い道になります。

そのまま進んで桂大橋を渡り、庭のきれいな桂離宮の南側を通り、阪急電鉄桂駅南側の川島の踏切を渡って、また西に進みます。

これは「山陰街道」で、京都から舞鶴や宮津といった日本海方面への、重要な物流と交通ルートでした。

桂駅から4~5分ほどで、樫原(かたぎはら)になり、西国街道に繋がる物集街道の信号を渡って、三宮神社に向かう辺りは、街並み協定もあり街道筋の面影が色濃く残ります。

 

ボンネットバスが黒い煙を上げながら、この細い街道沿いに建ち並ぶ家々の屋根のひさしをこすれそうにしながら、走り抜けていました。

夏には子供たちの浮き輪を積んで、海水浴客もたくさんいました。

新鮮な日本海の海産物を運んでくる、年老いた行商の人もいました。

そんな山陰街道でしたが、半世紀以上前に道幅の広い五条通りが西に延伸され、国道9号線として整備されてからの地位は、生活道路の要素が増えて変わってしまいました。
私が帰宅する時には、このルートを走って自宅近くまでのバスが有ります。

夜の9時頃の時間帯なので、ぼんやり車窓から外を眺めてると暗い旧街道の中で、はっとするほど可愛いいウィンドウが有りました。

夜の時間は時短営業の為に、お店は閉まっているのですが、ここだけは明るい電気を点けてくれています。

陶器でできたミシンの飾り物が、気持ちをほっとさせてくれます。

昼間に行くと、街道筋の木造家屋を改装した喫茶と軽食の店として営業しておられます。

130年もたった民家を改造したお店の名前は、Chamy Chatでした。
コーヒーとデザートの盛り合わせを、美味しくいただいているとカウンターに置かれた小さな冊子に目が行きました。

「ムラからカンプンヘ」中村昇平 とありました。

山陰街道を京に向かってきた人が、最後の宿としてこの樫原の宿場を利用し、中村さんの先祖が樫原のこの辺りの有力者で有った事、そしてジャカルタの集落を研究されていた事が、書かれていました。  お店を出て入り口の横を見ると、「中村」と表札が出ていました。

2件のコメント

  1. asshi
    2022年5月25日 15:14

    昔はそのような風景が広がっていたのですね…。あの辺りは、お野菜を軒先で無人販売されているおうちが多いので、よく利用します。野菜がとても大きいし美味しい!昔からの名残でしょうか?自転車でゆっくりあの坂道を下ると気持ちいいです。

  2. nomonomo
    2022年5月25日 16:23
    nomonomo

    桂駅南側は「川岡の踏切」でした。訂正します。

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